岐阜県かかみがはら(各務原)市にある、「かかみがはら航空宇宙博物館」に行ってきました!
ここは飛行機マニアには有名な博物館で、私たちもとても楽しみにしていたのです。
開館から閉館まで、1日この博物館で過ごしました。
看板が見えてきました。
宇宙博ではなく、空宙博(そらはく)なのです。
こちらは可愛い看板。
おおー!飛行機が見えてきました。もう興奮です。
海上自衛隊の飛行機です。
YS-11A-500R 中型輸送機です。
戦後日本で初めて開発・量産された旅客機です。
荒天の洋上にも離着水でき海難救助などで活躍した飛行機です。
各務原で量産された潜水艦を探知、攻撃できる飛行機です。
岐阜から世界へ!広がる空宙博の世界ネットワーク。
アメリカのスミソニアン航空科学博物館、私は何回も(!)行ったことありますが、子供達はまだ見たことがないのでいつか連れて行きたいな。
ここに載っている博物館全部見に連れて行きたいです。
入口を入るとすぐミュージアムショップがありました。
ここがすごく充実していました!
宇宙食コーナー。レアチーズケーキとか杏仁豆腐を食べてみたいですね。
- 旧ソ連ブローチ「飛行機」・旧ソ連ネクタイピン「飛行機」
ラトビア、ウクライナ、ロシアなどの古物商や骨董市で買い付けた1970〜1980年製の「バッジ」を修理加工。
透明樹脂で塗装し、裏のピンを交換。
ブローチ1980円、ネクタイピン2640円。
- ヴィンテージネクタイピン
1920〜1990年に造兵された効果。貨幣価値を失ったものから、現在流通しているものまで。
透明樹脂でコーティング。3520円。
かかみがはら航空宇宙博物館のガイドブック。表紙のイラストが何種類かあって、うちの子は左のロケットを選びました。
- 旧ソ連ネックレス「宇宙」
1970〜1980年代、旧ソ連の宇宙開拓史を描いた「帽子ピン」を修理加工。
3520円。
可愛いものがいっぱいあって、私は宇宙柄のネックレスを買いました。
古道具屋が修理した東欧アクセサリー。響きだけで心奪われますね!
東ヨーロッパの古雑貨を仕立て直したそう。
素材はどれも30年以上前の本物。
独特のデザインが魅惑的な東欧ヴィンテージの世界観を生かした、ブローチ、ピアス、イヤリング、ネクタイピン、ピンバッジ、ヘアゴム、キーホルダーなどを古物商(夫)&デザイナー(妻)の12歳差ご夫婦で製作しているそう。
私が買ったネックレス。ロケットと迷って惑星柄にしました。
ロシア語で「東」と書いてあるみたいです。どういう意味なんだろう。
寄付箱が、好きなロケットや飛行機のところにお金を入れるようになっていて、どの飛行機に入れようかと考えるのも面白かったです。
ライト兄弟が作ったライトフライヤーです。
世界で最初に人が乗って持続的な動力飛行に成功した飛行機。
12秒間、36m飛んだそう。
この飛行機で重要な発明は、鳥のように主翼の両端を左右反対に捻って左右の傾きを調節する仕組みです。
設計図。
ライト兄弟。
陸軍 三式戦闘機二型「飛燕(ひえん)」
かかみがはらで一番多く製造された飛行機です。
ダイムラー・ベンツ社 DB606エンジン。
DB601を2台組み合わせた双子型エンジン。エンジンの面白さがわかるようになってきたよ!
手帳に残された設計者の苦悩が滲むメモ(1943年10月)。
ジブリの「風立ちぬ」に出てきた堀越二郎の説明もあり、堀越二郎から土井武夫への手紙(戦後航空開発が再開した頃のもの)がありました。
堀越二郎は日本海軍の主力戦闘機「零戦」の設計者です。
「小学生の頃、航空機に夢中になる」というところを読んで、うちの8歳と同じだなー、うちの子はどういう道を歩むのかなと思って見ていました。
堀越二郎の東京帝国大学(現:東京大学)工学部航空学科の同期に「飛燕(ひえん)」の設計者・土井武夫や「航研機」の設計者・木村正秀らがいたそうです。
堀越二郎は三菱内燃製造(現・三菱重工業)入社。入社5年目に28歳の若さで設計主任となったそうです。
九六式完乗っ戦闘機で成功を収め、次いで零戦、雷電、烈風を設計しました。
戦後はYS11の開発に参加し、三菱重工退社後は大学などで技術者の育成にあたりました。
手帳に残された技術的なメモ。私、こういう昔の手書きのものが好きで、じっくり読んでしまいます。
訪欧時の日記(1931〜1932年)。
各務原で初飛行した航空機。こんなにたくさんあるのですね!
飛行機がずらっと展示してあるスペースへ入ります。
川崎 KAT-1 練習機です。
航空大学校でパイロット養成に使用された練習機です。
防衛庁技術研究本部 高揚力研究機X1G(サーブ・サフィール91B改)
国産飛行機開発のための技術的な基礎を築いた研究機。
離着陸性能の向上を目的として様々な改造試験を行ったそうです。
UF-XS実験飛行艇の新技術。
荒天の洋上に離着水するための技術を開発。
この機体の開発目的は荒天の洋上に離着水できる飛行機を実現することで、可能な限り短い距離で「ふわり」と降りる技術と、海水の飛沫を抑える技術が必要でした。
そのため、低速でも高い揚力が得られる高揚力装置を開発及び、低速時の操縦製や安定性を確保するコンピューター制御による自動飛行安定装置が開発され、日本で最初に搭載しました。
飛沫を抑える技術としては、溝型波消し装置及び波抑えの解体を考案しました。
戦後初の国産旅客機YS11は、ほんとあちこちにありますね!
富士FA-200改 STOL(エストール)実験機。
1966年から現在のJAXAが STOL(エストール・短距離離着陸)実験を行なった機体。
富士 T-3初等練習機。
高々度での性能を向上させた航空自衛隊の初等練習機。
三菱T-2 CCV研究機。
飛行安定性のコンピュータ制御確立に貢献した研究機。
航技研 低騒音STOL(エストール)実験機「飛鳥(あすか)」
STOL(エストール・短距離離着陸)のための技術を確立した実験機。
小さな地方空港でも離着陸できる、低騒音の航空機の技術を得るために開発された実験機です。
川崎T-1
川崎C-2輸送機
三菱スペースジェット(旧・三菱 リージョナルジェットMRJ)
ボーイング737-500水平尾翼です。
ANAで使用されていたボーイング737-500(機番JA302K)の水平尾翼です。
プロペラの働き。プロペラは「翼」を回転させて前進する力を生み出します。
航空機のエンジンです。
R-1340-AN-1 レシプロ・エンジン。
1920年代にアメリカで開発された空冷星型エンジン。
航空機用エンジンの進化。
より高出力、小型軽量で効率の良いエンジンを求めて開発が進みました。
航空機の歴史は、推進力の源であるエンジンの進化の歴史でもあります。
1903年にライト兄弟が初めて動力飛行に成功してから、レシプロ・エンジンとプロペラの組み合わせだけの時代がしばらく続きました。
その間、気筒配列の工夫によって高出力化が図られました。
1930年代末には、小型軽量でより一層の高出力が可能なガスタービンエンジンの研究が進められ、ターボプロップ、ターボジェット、ターボファンなどの種類のエンジンが開発されました。
現在のエンジンの主流はこれらのエンジンで求められるスピード等、航空機の目的に応じて使い分けられています。
フライトシミュレーターをしました。
旅客機と小型ジェット機と、機体が二種類あって、どちらも数回ずつできました。
航空機の仕組みをシミュレーターで体感しながら学習することもできます。
盛りだくさんでした!
主婦起業コンサルタント。二児の母。「好きな時に、好きな場所で、好きなことをする!」がモットー。仕事と育児をバランス良く楽しみたい!福岡出身、千葉在住。
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