私は自分の心の痛みを、恐れを、不安を親に伝えようとしても無駄だと既に気づいており、諦めていました。
子供の心を受け止めることのできう、否定するだけの親だったのです。
摂食障害と鬱状態になってそれまで積もり積もっていた親への恨みが抑えきれない激しい怒りとなって心の中で渦巻いていました。
でもそれを表に出すことはできませんでした。今でもできません。
感情を出さなければ解決しないようです。
- 泣ける本を読む
- 泣ける映画を見る
- カラオケなどで大声で叫ぶ
- ぐちゃぐちゃぐるぐるでもいいから絵を描く
- 何かを創る
を提案されました。
お皿を割るでもいいかもしれません笑。
幼い頃から感情を表現することを抑えつけられてきました。
何かあるとすぐに他者の要求と期待に応えようとしてしまいます。
指示されたことをやるのは得意。
でも自分の本当にやりたいことは?と聞かれるとわからない…。
私はいつでも周りが望む通りの私でいなければいけないと思っているようです。
心の中に生じたストレスに幼い頃から慣れてしまった私は、ストレスがないと不安になります。
でも、それをストレスと感じないのです。
主治医に「何かストレスはありますか?」と聞かれても「特にないです。」と答えています。
ストレスが体の一部になっていて、慣れすぎて、特に感じないのです。やばいね。
「あなたは何かにノーと言ったことがありますか?」
私はほとんどありません。頼まれること、人の役に立つことが好きなんです。
本当は嫌と思うこともあります。
内心「えー…」と思う時もありますが、それでもノーと言ったことはありません。
最近少しずつノーと言うことを練習しています。
面倒だなーと思うこと、嫌だなーと思うときはなるべく引き受けないように頑張っています。
両親にとって、幼い頃からの私の感情は受け入れ難いものだったのでしょう。
両親に、怒りや悲しみを放出することを禁じられたり、それによって罰せられたりした子供は、成長してからもそのような感情を抑圧するようになってしまいます。
自分で抑えつければ、恥ずかしい思いをしたり、拒絶されたりすることはないからです。
そう言う条件付けをされると、感情的な能力は損なわれます。
その子供は感情やそれに伴う欲求を適切に処理することができなくなります。
その結果、一種の無力感を抱くようになります。
無力感が身体的なストレス反応を誘発します。
後天的に身につけた無力感とは、ストレスを感じる状況から、例え物理的には抜け出すことが可能でも、精神的には抜け出すことができないという心のあり方です。
人はよくこの状態に陥ります。
例えばストレスの多い仕事や本当の自由を奪われた生活から抜け出すことができないと感じている人は多いのです。
私は他者の要求を敏感に感じ取り、それに応じないと罪悪感を感じると言うのは、私が幼い頃に教え込まれたものでした。
私には両親の要望をあらかじめ汲み取る習慣が身についていました。
子供の頃の私には、私の悲しみや怒りを受け止めてくれ、慰めて気持ちを沈めてくれる人はいませんでした。
そのような救ってくれる人がいなければ、そうした感情を抱くことは何の救いにもなりませんでした。
何もかもを、自分の中に「固く」おさめておかなければならなかったのです。
その結果、本当の感情を表すと言うことができなくなってしまいました。
私のように、「人が望む通りの私でなければならない」
と思っている人はいませんか?
そんなことはありません!一緒にそこから抜け出しましょう。
主婦起業コンサルタント。二児の母。「好きな時に、好きな場所で、好きなことをする!」がモットー。仕事と育児をバランス良く楽しみたい!福岡出身、千葉在住。
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