死の5段階(否認と孤立、怒り、取り引き、抑うつ、受容)

人生は廻る輪のようにを読みました。

著者のエリザベス・キューブラー・ロスは、ホスピス・ケア、緩和ケア、臨死研究の先駆者であり、終末期の人々の生活を世間に知らしめた最初の人物です。

 

エリザベスは死に瀕した患者たちが、いや、あらゆる種類の喪失に悩む人たちが、決まって似たような心理プロセスを辿ることに気がつきました。

 

「初めに起こるのはショックと否定、怒りと憤り、嘆きと苦痛である。

次に神との取引が始まる。

意気消沈し、「なぜこの私が?」と問い始める。そしてついには他者から距離を置き、自己の中に引きこもるようになる。

その段階を経て、うまくいけば、安らぎと受容の段階が訪れる。

(悲嘆と怒りが表現できないときは、受容ではなく断念になる。)」

 

まとめると、以下のようになります。

1.否認と孤立:頭では理解しようとするが、感情的にその事実を否認している段階

2.怒り:「どうして自分がこんなことになるのか」というような怒りにとらわれる段階

3.取り引き:神や仏にすがり、死を遅らせてほしいと願う段階

4.抑うつ:回避ができないことを知る段階

5.受容:最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階

 

1969年11月、『ライフ』誌にキューブラー・ロスの記事が掲載され、医学界以外の人々にも彼女の活動が知られるようになりました。

それに登場したエヴァが病院で寒さと孤独の中で死んでいった、その死に方に著者は耐えられませんでした。

家族を廊下や待合室に残したまま、たった一人で死んでいくなど、エヴァのみならず、誰にとってもありうべからざることでした。

病院で何よりも人間の欲求が最優先される日が来ることを、キューブラー・ロスは胸に思い描きました。

 

 

現代の医学の問題の根っこは、「本当の意味での死の定義がないというところにあるのよ」と著者は言っています。

著者は自分の子供たちに「生まれることと死ぬことはよく似ているのよ」と言っていたけれど、後になって、「誕生と死では、死の方がずっと楽しく、遥かに平和な経験である」と考えるようになリました。

 

 

エリザベス・キューブラー・ロスは臨死体験を経験した「死から生へ」生還した人についてのインタビューを多々まとめています。

そしてエリザベス本人も体外離脱を体験しました。

こうした驚くべき発見の数々から導き出されたのは、さらに驚くべき科学的結論、すなわち、従来のような意味での死は存在しないという結論でした。

どんな定義になるにせよ、死の新しい定義は肉体の死を超越したところまで踏み込まなければならないとエリザベスは感じていました。

死の経験には苦痛も、恐れも、不安も、悲しみもないのです。

あるのはただ、蝶へと変容していくときの暖かさと静けさだけなのです。

 

エリザベスが引き出した結論は、真の無条件の愛

生きている以上、誰もが苦しい目に遭います。

偉大な人もいれば、無価値に見える人もいます。ですが、如何なる人も、わたしたちがそこから何かを学ぶべき教訓なのです。

私たちは選択を通じてそれを学びます。

よく生き、従って、よく死ぬためには、自分に「どんな奉仕をしているか」と問いかけながら、無条件の愛という目標をもって選択すればそれで十分なのです。

命には責任がつきまといます。人生は選択肢に満ち満ちています。

 

エリザベス・キューブラー・ロスの母は植物状態で四年生きましたが、それは母に与えられた最後の教訓が母の不得意科目、つまり世話を受け、愛情を受ける方法を身につけることであったと気づきました。

後年ロスが脳卒中を発症し、倒れた時も忍耐という自分の苦手科目を学ぶための時間だったと書いています。

 

 

一年も2年も先の公演まで決まっている多忙なエリザベスが物事をどのように決めているのか、それは「期待されていることではなく、自分がいいと感じたことをやるだけ」

「毎日が人生最期の日だと思って生きなさい」

 

体外離脱体験などの神秘的体験をしたときのエリザベスの言葉が面白いのです。

「瞑想もしなければ、豆腐も食べない、カリフォルニアっ子でもなければ、グルもババもいないこの私が?」

ロスの講演を聴きに来ていた僧がこう言いました。

「瞑想にもいろいろな形があるのです。

死の床にある患者や子供のそばについて、何時間もその人に注意を集中すること、それは瞑想の最も高度な形の一つです。」

 

エリザベスにある日「シャンティー・ニラヤ」という言葉が降りてきたのですが、その僧侶に言われました。

「それはサンスクリット語で「安らぎのついの住み処(すみか)」を意味する言葉です。

それは僧侶たちが神の元に帰るとき、地上での旅の終わりに訪れるところなのです。」

 

 

シャンティー・ニラヤでのワークショップには、大人だけでなく10代の若者や子供たちにも参加してもらうようになりました。

全人的存在になる時期が早ければ早いほど、身体的・精神的・霊的な健康に向かって成長するチャンスが増えるからです。

若い頃からそんな訓練を受けた人たちが増えたら、未来はどんな世界になるでしょうか?

 

「死は怖いものではない。実のところ、死は人生で最も素晴らしい、途方もない経験にもなりうる。

そうなるかどうかは、今、自分の人生をどう生きているかにかかっている。

そして、今というこの瞬間、大切なことはただ一つ、愛だけである。」

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